「公共の福祉」とは、「人権相互の矛盾・衝突を調整するための実質的公平の原理」と定義づけられますが、要は法律です。この法律が人権対人権の衝突を調整するアイテムとなるわけです。

で、この法律がバランスを欠く場合があるわけで、憲法にそぐわない、つまり違憲と判断されることもあります。この法律の合憲性を審理するうえで、ひな形のようなもの、判断基準があるわけです。この判断基準に実例を当てはめて判断します。

これを「違憲審査基準」といいますが、この違憲審査基準、様々あるわけですね。

行政書士試験においては、この違憲審査基準があれこれ正面切って出題されることは今のところありませんが、今後は分かりませんし、判例を読むうえでは必要なことなのかなと思います。行政書士試験の憲法においては、この違憲審査基準の話は、高度な部類に入ると思いますが、+アルファとして捉えてもらえばいいと思います。

そこで、この違憲審査基準についてお話しておきたいと思います。

二重の基準とは

この違憲審査基準、人権の性質によって基準が違います。具体的には、精神的自由権と経済的自由権では違う基準を設けます。これを「二重の基準」といいます。

精神的自由権とは10条~14条、19条~21条まで、経済的自由権とは22条とか29条などです。

なぜ基準が2つある?

なぜ、基準が2つあるのか?
21条の表現の自由を例に採るのが最もわかりやすいと思いますが、この表現の自由、民主主義の根本を支えるものといってイメージ沸くでしょうか?

国民の政治的判断は、知る権利や自他含める政治的表現によって形成されています。ですから、表現の自由が正当に機能しないと、その民主主義政治に瑕疵を与えることになります。

だから、精神的自由権は、できる限り尊重し、判断は国民に委ねるという形が望ましいわけです。そして、そこに一定の歯止めをかける「公共の福祉」も、できる限り尊重し、制限も必要最低限であるべきということになるのですね。

経済的自由権も、もちろん大事です。日常的に意識するのは、むしろこちらの方でしょう。しかし、こちら経済的自由権は、職業は多種多様ですから、あまり自由に、好き勝手にやってもらっては、国民のためになりません。それは、皆さん生活しているのだからお分りなはず。それなりの規制は重要なのです。

精神的自由権は、できるだけ尊重、経済的自由権は必要な分は規制。この図式はイメージできるでしょうか?

また、精神的自由権がちゃんと機能していれば、民主制の過程で挽回は十分可能です。
ですから、経済的自由権については、精神的自由権よりも緩やかな審査基準が良いとされているのですね。

審査基準が厳格であれば、計られる「公共の福祉」はより細かく厳しい審査を受けることになりますから、違憲が出やすくなります。逆に、審査基準が緩やかであれば、「公共の福祉」は目盛りの大きめの、比較的大らかな審査を受けることになるわけで、合憲が出やすくなるということになるのですね。

二重の基準論

判例

判例ですが、高らかに、積極的に2重の基準論があると宣言しているわけではありませんが、明らかにそれを示している判旨は存在します。経済的自由権の22条の職業選択の自由に関する判例で、

 憲法は、国の責務として積極的な社会経済政策の実施を予定しているものということができ、個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なつて、右社会経済政策の実施の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと、憲法が予定し、かつ、許容するところと解するのが相当

「小売市場距離制限事件 昭和47年11月22日最高裁判決」

というものがあり、2重の基準論の存在を明らかにしています。
積極的でない、といったのは、精神的自由権の判例ではそのような判旨はまだないからです。

審査基準は、精神的自由権内でも経済的自由権内でも複数ありますので、そのへんはそれぞれチェックしておいてください。